だらり庵の本棚

【#だらり庵の本棚 1】下町の手触りを求めて『かもめと街歩きZINE vol.1』

かもめカラーに縁取りの水色が可愛らしい。

僕は“手触り”が好きだ。モノはもちろんのことだけれど、全てにおいて。人や街、形の無いものにまでその感覚が適用できるのかどうか、なんてつまらない議論はよしてほしい。理屈ではなく、確かに“手触り”はある。

例えばそれは「下町」を歩けば感じることが多い。下町のはっきりとした定義なんてもちろん知らないのだけれど。ただなんとなく、自分は今不定形な、でも確かにそこに目に見えない質量を伴った何かに触れていると感じることがある。この感覚は何なのか。よく分からない。その正体を見極めようと思っても、ここでは自分は異邦人。余所者だ。街に溶け込み、“手触り”の正体を掴むには、観光ついでの街歩きではあまりにも時間が足りなすぎる。

そんな僕たち下町素人に、手を伸ばしてくれるのが浅草育ちの街歩きエッセイスト チヒロさんである。彼女の運営するブログ「かもめと街」には生きている下町の記事がずらりと勢揃いしている。特に、ご飯どころや喫茶店の記事は、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐるような気がしてくるから不思議だ。その全ての記事を、彼女は足を動かして執筆している。そこには確かに彼女が“触れた”下町がある。僕の大好きなブログの1つだ。

そんな彼女が、ZINEを作った。小さな冊子だ。今まで画面を通して見ていた彼女の見た世界に、手で触れられる。こんな嬉しいことはないと思った。手に入れるために東京まで足を運んだ。僕にとって、この小冊子にはそれだけの価値があると思ったから。帰りの新幹線が東京駅を出て、品川を通過する頃には読み終えられるほどのボリューム。でもそこには僕の大好きな“手触り”があった。隣で取材を見学しているんじゃないかと思うような、優しい時間が感じられた喫茶店紹介「銀座ブラジルのこと」

僕だったら自分の胸にそっと仕舞っておいて、1人でほくそ笑んでいたくなるような素敵スポットの紹介ページ。それを渡すためだけに大好きな人たちに会いたくなるようなものばかりを集めた「浅草・蔵前おみやげ図鑑」のページ。

どれもがチヒロさんがその両足で向かい、その手で触れてきた確かなものたちばかり。これを読んで、ますます下町の“手触り”の正体が何なのか掴みたくなった。遊びに行かないとなあ、そう思わされる優しい1冊。