ホントレート

【#ホントレート 33】失われゆくものに愛を。和菓子女子せせなおこの撮っておきの1冊

皆さん、こんにちは。今日もだらだらしてますか?

どうも、だらり庵 庵主のクロギタロウです。

「人生に寄り添う1冊を楽しむ人の様子を写真に残したい」

そんな想いと共にスタートした撮っておきの1冊「本とあなたのポートレート」、略して「ホントレート」

33回目となる今回は、誰にも負けない和菓子愛をほとばしらせ、常人離れした推進力で日本中の和菓子を渉猟する女性が教えてくれた1冊です。

大好きなものが書いてある本について語る一方で、そこに垣間見える寂しさについてもお話していただきました。いったいどんな「撮っておきの1冊」だったのでしょうか、早速教えてもらいましょう。

お話を伺った人

せせなおこさん

1994年福岡県生まれ。和菓子コーディネーター3級。スイーツコンシェルジュ。食品衛生管理者。読めば和菓子が食べたくなるメディア「せせ日和」を運営。和菓子と別領域の掛け算が非常に巧みな仕掛け人としての側面を持ち、魅力的なコンテンツを続々と打ち出している。今年9月には和菓子に合うコーヒーを「和菓子とコーヒー」を開発・発売。

小説は借りるもの。でも買った。そんな1冊。

本を読むのが大好きで理系出身、メディアアーティストの落合陽一さんの著作は全て読んだと語るせせさんは、小説は読んでもあまり買わないのだそう。図書館で借りて、読んで、終わり。よほど気に入ったものでないと購入には至らないのだといいます。

ここまで前フリしておけばお分かりだとは思いますが、今回せせさんが持ってきてくれたのは、なんと小説。小川糸さんの『喋々喃々(ちょうちょうなんなん)』です。小川さんといえば柴咲コウさん主演で映画化された『食堂かたつむり』がよく知られていますね。

せせさんの「撮っておきの1冊」『喋々喃々』は 、東京の谷中でアンティークきもの店を営む女性、栞が主人公。ある日彼女のお店に父親とよく似た声色の木ノ下春一郎が訪れたことで、決して動き出してはならない恋が動きだします。実在する街で展開する物語の随所に出てくる美味しそうな食べ物の彩りが優しい、素敵な小説です。

せせさんがこの本と出会ったのは大学生の頃。大学の図書館では他の学生たちが専門書ばかり読んでいるため、それ以外のジャンルの本は借り放題の読み放題だったといいます。羨ましいことです。規模が小さかったたためか、リクエストした本はすぐに図書館に入っていたとも。

せせさんは、そんな環境で600冊以上の本を借りて読んでいたといいますが、それだけでは足りず、アルバイト先近くにあった千代田区の図書館でも借りていたのだそうです。毎回10冊は抱えて家まで帰っていたんだとか。パワフルすぎます。

『喋々喃々』とも図書館で出会ったというせせさん。

「図書館で出会って最終的に買うことになった本は、本当に少ないです。特に小説は。それでもこれは、すごくいいな、欲しいなあと思いました。それでも図書館で何回も借りたんですけど笑 好きすぎて、ここまで好きならいい加減買おうとなって、ようやく私のもとにやってきました」

満を持してせせさんに迎え入れられた『喋々喃々』、図書館で借りていたのはハードカバー版だったそうですが、せせさんの手元にあるのは文庫版。

「買うほど好きなら、どこでも持ち歩きたいからということで、コンパクトな文庫版を選びました。旅行に行く時は、1冊本を持って行くか、現地で1冊買うかしているんですが、その時にも『喋々喃々』の登板は多いですね」

せせさんの厳しい選抜フィルターを乗り越えた『喋々喃々』ですから、旅先のお供になるのも頷けます。

「あとは私、食べるのが好きなんで、美味しいご飯が出てくる小説はすごく好きです笑」

どうあっても僕たちから切り離すことのできないご飯、その描写が素敵な小説はとても心地いいですよね。せせさんの美味しいものセンサーは、小説にも効くようです。素晴らしい。

帰らぬものたちがあることを知った1冊。

「語彙力が笑 ってなるけど『喋々喃々』めっちゃよくないですか? 本当にいいなと思っていて、メインの舞台になっている谷中にはめっちゃ通いました。1番仲が良い和菓子屋さんも谷中なんですよね。有名なカヤバ珈琲みたいなところも含めて、この本に出てくるお店にはほとんど行きました。おんなじルートで何回もぐるぐる巡ったり」

実際にあるお店が登場するのがこの本の魅力の一つだと語るせせさん。『喋々喃々』巡りがきっかけで繋がりができたところも多くあるのだそう。

浅草の老舗喫茶店アンヂェラスもそんなお店の中のひとつ。東京を離れ、福岡に帰ってきてからも行けるタイミングを見つけては通うほど好き“だった”というせせさん。そう「だった」のです。昭和21年創業のアンヂェラスは、2019年3月17日に惜しまれつつもその歴史に幕を降ろしました。

アンヂェラス以外にも作中に登場するいくつかのお店は潰れてしまったといいます。

「お話の中に出てくる天丼屋さんもなくなってしまいました。好きなお店が無くなるっていう寂しさを覚えて、だから和菓子屋さんも行けるうちに記憶にも記録にも残しとかないとってなったんです」

本がある限り、作品の中にはいつまでも親しげに読者を待っていてくれるお店たちがあります。ですが現実の世界ではそうはいかないことも。いえ、残るものの方が少ないと言った方が正しいかもしれません。時代の変化、人の変化、ありとあらゆる変転に曝され失われゆくモノや文化。そういうもののひとつに、和菓子も含まれるということをせせさんは痛いほどに理解されています。だからこそ生み出される彼女のバイタリティ。集計中だという、これまでに巡った和菓子屋さんの軒数はゆうに1000を超えるといいます。

「舞台があるとなると、なおさらなくなって欲しくない。もう二度と行けないんですから。そういう気持ちになれたこと、失われたら戻らないものがあるということを、私はこの本を通して学んだのかもしれません」

知ってしまった無常の流転に立ち向かうせせさんの、原点の一角を垣間見たような気がしました。

撮影を終えて

待ち合わせの駅に着く少し前、せせさんから連絡がありました。「着物なので、すぐに分かるかと思います」 その文面を見ていつもの取材より緊張したのを覚えています笑

本の装丁によく合う着物を纏った彼女は全身から和菓子愛をみなぎらせていて、真夏の博多が気温以上に暑かったように思えました。失われつつあるものを黙って見ていられない者同士で話をしていると、なるほどと思うことがいくつもありました。そして彼女の本気があまりにも眩しかった。

僕たちがおじいちゃん、おばあちゃんになった時に日向ぼっこをしながら和菓子を味わえるような未来が来るかどうかは、今の僕たち次第なんだと、そんなことを思いました。

というわけで第31回目のホントレートはここまで。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。今後も素敵な人や本との出会いを期待して、バイバイ!

ホントレートについて ホントレートは「本とあなたのポートレート」を省略したもの。庵主であるクロギタロウの造語です。本をたくさん読む人も、そうでない人にも人生...

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