ホントレート

【#ホントレート 38】あの日私を呪った男のことを、私は今でも愛してる。レッサーパンダ愛好家あおいの撮っておきの1冊

皆さん、こんにちは。今日もだらだらしてますか?

「人生に寄り添う1冊を楽しむ人の様子を写真に残したい」

そんな想いと共にスタートした撮っておきの1冊「本とあなたのポートレート」、略して「ホントレート」

38回目となる今回は、レッサーパンダと美味しいお酒をこよなく愛する女性が教えてくれた1冊です。

お世話になった人に勧めてもらったその本は、いまだに彼女の中でそれを超える印象深いものが無いと言うほど。勧められた際のシチュエーションにもドキドキするようなエピソードがありました。いったいどんな「撮っておきの1冊」だったのでしょうか、早速教えてもらいましょう。

お話を伺った人

あおいさん

可愛いレッサーパンダを愛してやまない、“狂気のレッパン愛好家” Twitter上では毎日レッサーパンダを監視しており、検索すれば幸せになれる #いいレッパン タグで人類レッパン化計画を進行中。“レッパン”は半角でなければならないという強いこだわりがある。美食・美酒を愛しており、その酒量は目を瞠るものがある。和装がとてもよく似合う。Twitterアカウントはこちら

暗闇の中でシャンプー、な1冊。

「これはちょっと別次元だから、気を付けて」そんな本の勧め方があるでしょうか。10年以上前、とある中学校の冬の図書室で実際に言い放たれた言葉です。

当時中学3年生だったあおいさんは、推薦での高校進学を決め、時間に余裕があったのだそう。時間を活用して自室の断捨離を進めていると、状態の良い本が約30冊発掘されました。売ろうとも考えたそうですが、せっかくだから形に残したいと思い、国語の先生に相談すると「図書室に寄贈したらどうか」とのお答え。

「寄贈するために本を持っていった時に、先生がすごくお礼を言ってくださって。今思えば何でそんなことお願いしたのか分からないんですけど、じゃあお返しにオススメの本を教えてほしいですって言ったんです。それで一緒に図書室を巡って、これが良い、これが良いと教えてくださって。その中の1冊がこの『江戸川乱歩傑作選』だったんです」

他にも10冊ほど教えてもらったそうですが、不思議なことに覚えているのはこの1冊だけ。おそらく勧められた時の言葉がよほど印象深かったのでしょう。

「紹介してくださった時に、気味悪いんだよこの本って笑 怖い話は大丈夫かとも訊かれて。私が寄贈した中にもいくつかホラー小説がありましたから、大丈夫ですと答えたんですけど、これはちょっと別次元だから気を付けてと脅かされました」

中学生女子に本を勧める際に用いる表現としてはちょっとアレだな、と思わなくもないですが、自分の本当に好きな本を真剣にオススメしたかったが故の表現だったのかもしれません。結果としてあおいさんの心に強い印象を残しているのですから。

「暗闇の中でシャンプーをしているような怖さがあるよ、って言われたその言葉がすごく印象に残っているんです。いまだにこの本を人に勧める時に、この言葉をお借りするんです。でもなんとなく怖さが伝わりませんか、この表現? 無防備な背中をさらけ出していて、気になるけれど振り返れない感じ笑」

ゾクッとするような笑顔でした。

活字でここまでゾクゾクできるのか、な1冊。

実は手元にある『江戸川乱歩傑作選』は4冊目だと語るあおいさん。家に遊びに来た友達に面白そうと言われるとあげてしまうのだそう。

「なんか布教用みたいな感じですよね笑 これもいずれ弟にあげちゃう気がします。今彼が高1なので、ちょうど私がこの本と出会ったくらいだなあと思って。本当に活字読まないらしいんですけど、それでも短編集だしいいかなあと思って、あげたいですね」

傑作選の中でも特に「人間椅子」が好きだというあおいさん。弟さんにも「人間椅子」だけでもいいから読んでほしいのだそう。小学校に入りたてでの読書の入口が星新一だったというあおいさんは、オチが綺麗な話が好きなのだと言います。

「人間椅子」についての詳細はネタバレになってしまうのでここには書きませんが、本当に狂気を感じさせるすごい作品だと思います。結末を予感させながらの、それを嘲笑うような大乱歩の頭脳にただただあっけにとられること間違いなしです。

「人間椅子」を超えるものとの出会いは、いまだ訪れていないというあおいさん。

「一回読んじゃうと、椅子に腰掛ける時に見ちゃいますよね。大丈夫かなこれみたいな笑 応接間とかに置いてある革張りの重厚な椅子なんか特に、もしかして……と思わされている。そういうとこがズルいなって思います。呪いをかけられた感じ。読んだ人じゃないと分からない内輪ネタみたいな。心にトラウマを産みつけていく、トラウマ製造機ですよ。乱歩は容赦がない笑」

トラウマ製造機、すごい言葉です。しかし、人間の奥底に潜む狂気をすくい上げ、目に見える形にして差し出すことに長け、見なくてもいいものを無理やり直視させてくる変態おじさんという意味では、江戸川乱歩を表現するのにピッタリな言葉だと思います。

「活字でここまでゾクゾクできるのかと思い、俄然興味が湧いてホラー小説をすごく読むようになった気がします。それまでは結構児童文学とか、品行方正で健全な感じだったんですよ笑 乱歩を知ってからはホラー寄りというか、気味が悪い方に読書の傾向が変わったかもしれないですね。異様な性癖を持った人が出てくる話が多いので、面白いなあと思いながら読んでいました。こんなに印象深い本を教えてくれた先生には感謝しています」

自分の幅を広げてくれた、1冊。

「あの国語の先生に勧められたから読んだっていうのもあったかもしれません。自分では乱歩と出逢う前の自分に、この本を教えたくはないです。あくまで勧められてほしい。その先生に恋心を抱いていたとか、そういうことはなかったと思うんですけど、すごくお世話になったし、尊敬していました」

10年前のあの冬の日、本を勧めてもらった情景を今でもハッキリ覚えていると、彼女は言います。

「本を図書室に持っていって、色々話をして。電気はついていなくて、窓から差し込む光だけを頼りに図書室を巡って、オススメの本を教えてもらって。そのシーンが思い出として残っているんです。12・3年前のことですけど、すごくよく覚えています。先生と私の1対1だったので、私だけで独り占めしてる感じがして嬉しかったんでしょうね」

生徒と先生という関係で、先生が自身の立ち入った部分を見せてくれることはなかなかないことだと思います。そうでありながら、自分の大好きな本を熱心に教えてくれたというのは、それだけでも素晴らしい経験。さらにその中から自分の人生の一部になるような1冊が見つかったなんて、羨ましくてしょうがありません。

「だけど、もう乱歩はいません。だから新作も出ない。推しは推せるうちに推せっていうのは本当に金言ですよね」

江戸川乱歩はもういないけれど、あおいさんのように友人・知人を巻き込んで作品の良さを伝えてくれる人がいる限り、作家は死なないんだと、強く思いました。

撮影を終えて

中学時代に授業がつまらないとこぼすと、青空文庫をSDカードにテキストとして入れ、授業中に電子辞書で読めるようにしてくれたお父様のお話など、本当に楽しい時間を過ごすことができました。思春期の娘に坂口安吾の『桜の森の満開の下』『堕落論』、太宰治の『人間失格』『斜陽』を勧めるお父様の話も掘り下げてみたかったです笑 国語の先生、読書好きなご両親、素晴らしい先達に導かれてする読書体験は何ものにも代え難いものだと、改めて思った取材でした。

というわけで第38回目のホントレートはここまで。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。今後も素敵な人や本との出会いを期待して、バイバイ!

あなたと大好きな1冊の姿を写真に残しませんか?

ホントレートのご依頼は上記のページをご覧ください。