ホントレート

【#ホントレート 37】拝啓あの日の私へ。私は大丈夫。しっかり立っていられてる。フリーライター鶴の撮っておきの1冊


皆さん、こんにちは。今日もだらだらしてますか?

「人生に寄り添う1冊を楽しむ人の様子を写真に残したい」

そんな想いと共にスタートした撮っておきの1冊「本とあなたのポートレート」、略して「ホントレート」

37回目となる今回は、思いがけない人生の転機と向き合い、今新たな一歩を踏み出したフリーライターの方が教えてくれた1冊です。

これまでの自分が音を立てて崩れ落ちるような体験をした時、人はそれとどう向き合えばよいのか。あまりに無力な自分と向き合う勇気を持てないでいる時に何も言わずに寄り添ってくれる1冊があなたにはありますか?彼女にはそんな1冊があったといいます。いったいどんな「撮っておきの1冊」だったのでしょうか、早速教えてもらいましょう。

お話を伺った人

鶴さん

1991年奈良県生まれ。写真が好きなフリーライター。「日常の端っこ」をひとつのテーマとして、写真を撮ったり文章を書いたりすることを好む。日々、楽しそうなことや面白そうなことに首を突っ込んでいるパワフルの塊。

この本は私だ…そう思った1冊。

2018年の2月頃。スマートフォンの画面を追う鶴さんの視線の先に、とある本のプロモーション広告が流れてきました。そこに記されていたあらすじを読んだ瞬間「読まなきゃダメだ。これは、私だ」と思ったといいます。流れてきたのは宮下奈都『太陽のパスタ、豆のスープ』「主人公がフラれてから立ち直るまでの物語」だという本書の、一体何が彼女の心を捉えたのでしょうか。

「2018年の2月、3月頃、それこそ主人公の明日羽と同じ状況だったんですよ。婚約していたけどフラれて、死ぬんじゃねえかと思ってた時に広告を見てピンときたんです。普段はそんなにプロモーションが流れてきても気に留めないんですけど、その時ばかりは即買っちゃいました」

普段は本を読むのは遅い方だという鶴さんですが、広告を見かけた翌日の仕事帰りに購入し、3日ほどで読み終えてしまったといいます。確かに、もしも自分が同じ状況におかれたとしたら、気になっていてもたってもいられずに買ってしまうかもしれません。タイミングの妙というのはあるものなんですね。タイミングばかりではありません、そこに描かれていることのあれこれが、自身とリンクし、のめり込んでいったのだそう。

物語は、主人公の明日羽が食べているものの味を感じられずに困惑する場面から始まります。「分かる…」となった鶴さん。明日羽の姿が自分と重なったのだそうです。

「入りからそうだったし、途中途中の明日羽の考え方も、完全に自分とリンクするところがありすぎて、もうこれは自分だと、この本は自分なんだと、そう感じたんです」

この本と出会った当時、友人や勤め先の先輩に「これ私なんで、ちょっと読んでください」と自分の持っている1冊を貸したり、購入して読んでみるよう勧めていたという鶴さん。自らの身に起こった事を言葉にするのは体力が必要ですし、本に託して自らの境遇を伝えることができるほどに『太陽のパスタ、豆のスープ』は彼女の深い部分と結びついていたのですね。

友達の大事さを再認識させてくれた、1冊。

一方で、お話を伺っていて実は危うさも感じていました。もしもこの物語がハッピーエンドでなかった場合、これほどまでにシンパシーを得てしまった鶴さんは一体どうなってしまうのかと。本、もとい言葉によって紡がれたストーリーは人が思う以上に、心を揺さぶる大きな力を持っています。いい方向に働くこともあれば、当然その逆も然り。物語に深く引き込まれた鶴さんは大丈夫だったのでしょうか。

「本当にしんどかったんです。あまりにしんどかったので、いつか立ち直れる日を夢見て、なんとか今を生きるみたいな感じで日々をしのいでいました。だけど、それって、立ち直った後に私はどうしたらいいんだろうってなりました。なったんですよね」

立ち直るというプラスのベクトルに向かってもがく鶴さんと同じく、主人公の明日羽は考えます。

でも破談から立ち直るためなんて一時しのぎじゃないか。立ち直った時点までしか持っていけないなら私はまた振り出しに戻る

なんだか鶴さんは明日羽と二人三脚で進んでいるような印象を受けました。悪い方向に向かってはいかなさそうです。

それもそのはず、明日羽の周りには物語の要所要所で彼女を支える友人たちが登場するのです。友人や周りの人たちに支えられて少しずつ立ち直っていく明日羽の様子を見て、鶴さんは思います。

「この本と出会ってから思ったんですけど、友達って大事だなって。明日羽にも支えてくれる友達がいたし、確かに友達いなかったらどうなってたか分からんなって。明日羽の友達はまっすぐに慰めるわけじゃないんですけど、それも私の場合と同じで。だけどみんなずっと横にいてくれるというか。本当に良い人たちに恵まれたなあって、友達の大事さを再認識しました」

友達が1人増えた気がした、1冊。

今回ホントレートの取材を受けるのに先立って、久しぶりに『太陽のパスタ、豆のスープ』を読み直したという鶴さん。改めて読んで見て、印象に残ったシーンが大きく変わることはなかったといいます。ただ初めて読んだ当時とは同じ場面でも受け止め方が変わっていたのだそう。

「当時は自分と一緒やん、って落ち込みながら読んでたので、序盤のしんどいところの方が自分に入ってくる感じがしたんですけど、今はそういえばこうやって立ち直っていったな、ってところが目に留まりますね。背中を押されるような感じ…なんか友達が1人増えたような感じがしました」

そんな“友達”と出会えていなかったら、どうなっていただろうかと、最後に訊ねてみると、彼女はいたずらっ子のような笑みを浮かべて言いました。

「中身とは関係ないかもしれないですけど、料理をしていなかったかも。料理をするようになったんですよ。ご飯大事だなって笑 毎日のご飯があなたを作るのよってセリフもあったし。それまで依存していたものをパッと失くしてしまった私だけど、そこを埋めてくれるような、一生変わらないものというか、そうそう変わることのない友達や、料理もそう、一生続けられるものだし、そういうところに目が向くようになりました」

命ある限り僕たちはご飯と無縁ではいられません。『太陽のパスタ、豆のスープ』を読んで料理をするようになったということは、自分が生きていくということと向き合う覚悟が出来たという彼女の意思表明なのかもしれないな、そんな事を思いました。とても美味しい1冊と出会うことができた鶴さんが羨ましいです。

撮影を終えて

いつもパワフルでフットワークの軽さに驚かされる鶴さん。そんな彼女の普段の様子からは過去の出来事は伺い知ることは出来ません。しかし彼女の文章に見え隠れする過去への反発に、彼女の原動力を見ることはありました。今回お話を伺って、そのあたりがより明確になったような気がします。なんにせよ彼女の文章が魅力的なことには変わりありませんが、これまで以上に楽しめそうな気がします。次はどんな「日常の端っこ」を見せてくれるのか、ワクワクです。

というわけで第36回目のホントレートはここまで。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。今後も素敵な人や本との出会いを期待して、バイバイ!

あなたと大好きな1冊の姿を写真に残しませんか?

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