皆さん、こんにちは。今日もだらだらしてますか?
どうも、だらり庵 庵主のクロギタロウです。
「人生に寄り添う1冊を楽しむ人の様子を写真に残したい」
そんな想いと共にスタートした撮っておきの1冊「本とあなたのポートレート」、略して「ホントレート」
26回目となる今回は、奥様のポートレートが好きだと公言して憚らない愛妻家の教えてくれた1冊です。
他の人からしたらどうでもいいようなものでも、本人にとってはかけがえがないこともあるんだというところに共感するという優しい本、いったいどんな「撮っておきの1冊」だったのでしょうか、早速教えてもらいましょう!
お話を伺った人
ニシムラタクヤさん
1990年三重県生まれ。東京都在住。散歩と旅行が好き。出かけた先で奥さまのポートレートを撮るのはもっと好き。「生活とか写真とか音楽とか?あと美味しいもの?」についてをテーマにしたブログ「No.26」を運営。ブログ名は小学1年生の時の出席番号に由来。最近とんでもないカメラを購入したので、ますますポートレートが楽しみ。
子供の頃1番好きだった。親にきいてもそう言うはず、な1冊。
皆さんは小さい頃に読み聞かせてもらった絵本のことを覚えていますか? 僕はタイトルは覚えていても、内容についてはそこまでハッキリと覚えていないというのが正直なところです。『エルマーのぼうけん』『モモちゃんとアカネちゃん』や『きんぎょがにげた』なんかを読んでもらっていたのは覚えているのですが、ストーリーを語れと言われるとなかなか……。
しかしニシムラさんは違いました。子供の頃1番好きだったという絵本、もりやまみやこ『きいろいばけつ』が彼にとっての撮っておきの1冊だといいます。
「読み聞かせてもらってたのは、幼稚園に入る前ぐらい? 初版が1985年だから、俺が生まれた時にはもうあった。子供の頃1番好きだったはず。親にきいても多分そう言うと思う」
『きいろいばけつ』は、森の中で見つけたきいろいばけつをえらく気に入ったこぎつねが、クマやうさぎと相談し、来週の月曜まで誰も取りに来なければ自分のものにしようと決めてからの1週間を描いた絵本です。ほとんどストーリーらしいストーリーはありません。月曜日まで待とう!となったこぎつねが、1週間きいろいばけつを使って色々やる様子を描いているだけ。
ネタバレになってしまうのですが、きいろいばけつは最終的にこぎつねのものになりません。日曜日まではあったのです。あったのですが、月曜日に忽然と姿を消してしまったばけつ。これは子ども心に衝撃の展開だと思います。子ども向けの絵本であれば、きいろいばけつはこぎつねのものになると思いたくなるのが人情というもの。しかしニシムラさんはそうではないと言います。
「なくなっちゃうんだけど、こぎつねは別にいいんだよって言う。もしもこの後誰かがばけつを持ってきて、あげるって言ったとしても、こぎつねはいらないって言うはず。結局ね、その1週間がかなり特別な1週間になっているはず。だからすごく切ないんだけど 、いい話。今読み返してもそう思う。俺はすごく好き」
あとがきにもいいことが書いてあるといいます。このバケツは記憶の中でいつまでもピカピカで、このうちまた別の色のばけつを見つけても、その1週間ほどの感動や喜びはないだろう、と。
「大人にとっては取るに足らないものでも、子どもは時としてそこに全宇宙を見ることがあるんだと思う。姿形は似ていても他のものと替えることはできないっていうの、そういう経験結構あるよね。子どもの頃木の枝に執着したり、その辺の石に執着したりとかあるじゃん。で、俺もそういうタイプで、小学校の時とか帰り道にあるゴミ捨て場から毎日何か持って帰ったりしてたなあ笑」
仮にこの絵本の影響を受けているとしたら、モノに対する執着ではないかとニシムラさん。ある人からすればどうでもいいものでも、モノと過ごす時間とかそういうものを大事にしたい自分の元々の部分と共鳴するものがあったのではないかということです。
子どもはゴミ捨て場にもどこにでも世界を見る天才ですからね。僕も竹製の伝説の剣とか持ってたなあ。
「まあ、幼稚園の頃にはそんなこと多分考えてないけどね笑」
少年のような笑顔がズルいですな、ニシムラさん。
直前でこの本でいこうと考えなおした1冊。
実はこの取材の直前まで1冊を選ぶのに悩んでいたというニシムラさん。電車に乗った時点では角田光代さんの『さがしもの』を鞄に忍ばせていたようです。こちらも素晴らしい本です。
「ホントレートの依頼が来た時から、『きいろいばけつ』がずっと頭にあったんだよね。今は実家にある絵本だから、別の本にしようと思ってたんだけど、やっぱりこれかな、と。駅に着いてから丸善で立ち読みして買ってきちゃったよね笑 実家にある読み聞かせをしてくれた両親の手の痕が残っている1冊ではないんだけど」
もう1冊の候補だった『さがしもの』もチョイスの仕方としては近い文脈を感じました。本を巡る短編集なのですが、本の中身は同じでも、一人一人にとってのその本でなくては成立しない話がある。そういうところが好きだという点は『きいろいばけつ』にも通じるのではないでしょうか。
「今手元になくても思い出せたのは、すげー印象に残ってたんだろうね。ホントめっちゃ覚えてた。不思議だな、挿絵の影響かな」と話すニシムラさん。
挿絵が印象的な『きいろいきつね』ですが、優しいその絵はつちだよしはるさんによるもの。この優しさが、物語の切なさと入り混じり、この本をより印象深いものにしているのかもしれません。
「ウチの親は周りと比べて年をとっていたんだけど、若い親を持つ子達の方が情報量が多かったり、自分の運動神経があまりよくなかったりして、スペック的に自分が劣勢に感じるところがあったから、そういうところを1匹だけばけつを持ってないこぎつねに照らし合わせてたかもしんないな」
全部を自分が持っているわけではないということを、何となくその当時から思っていたのを『きいろいばけつ』を読んだら思い出したとこぼすニシムラさん。
自分にないものを知っている人の優しさと強さを感じる横顔でした。
「あきこ(奥さま)もこういうの好きでね。いっときの切なさというかね、あったかい時間みたいなのを大事にする人だから。多分あきこもこの本好きだと思う」
インタビューの中盤、唐突に奥さまの話が出てきたので、なぜこのタイミングで? と少し思いましたが、静かにニシムラさんのお話に耳を傾けていると、すぐに納得することができました。
『きいろいばけつ』以外にも「きつねの子シリーズ」があるということは知らなかったというニシムラさん。
「今この他のシリーズを読んでも、良いとは思うんだろうけど全然ちっさい頃読んだ時の受け止め方とは違うんだろうな。俺はこのきいろいばけつとの1週間みたいな、その時だけにしかできない体験を大事にしてあげたい……いろんな人の。こういうのに寄り添える人がいるとね、良いと思うんだよね」
いろんな人とは言われてますが、そこに真っ先に当てはまるのは……っとこれ以上は野暮ですね。
自分の心に浮かんだ執着、それと向き合いながら生きていく僕たちは、生きている限りそれが叶えられないという場面に必ず出くわします。
そんな時に、そのモノ自体にかじりつくようにするのではなく、それに対する気持ちや一回性の体験に思いを寄せることができるかできないか。そこがその人のあり方に大きく関わってくるような気がしています。そういう意味でも『きいろいばけつ』は稀有な時間を過ごさせてくれる素晴らしい絵本なのではないか、そんなことを思いました。
撮影を終えて
「話、脱線しまくったけど大丈夫? 書ける?」とニシムラさんに心配されました。お話が面白くて、自由に話題を展開させているうちに何の話だったっけ?となることがあったのを危惧してのことだったのでしょう。でも取材の本筋に関係なさそうなところにこそ、「ニシムラさんの本筋」が隠れているもの。本好きのお父さんが全集の同じ巻
を重複して買ってしまうのに共感してしまうという話であったり、夫婦でセレクトした本を結婚式の出席者に持って帰ってもらった話だったり、いろんなところにニシムラさんが見え隠れしていて、とても楽しい時間を過ごさせてもらいました。
ばけつが手に入るかどうかじゃなく、そのばけつを思う二度とない時間に思いをかけながら日々を暮らすニシムラさんが、僕はとても羨ましい。
今度カレー食べにお邪魔させてくださいな。
というわけで第26回目のホントレートはここまで。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。今後も素敵な人や本との出会いを期待して、バイバイ!
あなたと大好きな1冊の姿を写真に残しませんか?
ホントレートのご依頼は上記のページをご覧ください。