皆さん、こんにちは。今日もだらだらしてますか?
どうも、だらり庵 庵主のクロギタロウです。
「人生に寄り添う1冊を楽しむ人の様子を写真に残したい」
そんな想いと共にスタートした撮っておきの1冊「本とあなたのポートレート」、略して「ホントレート」
34回目となる今回は、家族や身近なものに注ぐ優しい眼差しが印象的なフォトグラファーの方が教えてくれた1冊です。
それまで漠然と撮り、眺めていただけの写真のいったい何が自分の琴線に触れているのか、その答え合わせをしてくれたという1冊。そこには慌ただしく今を生きる僕たちが、ついついどこかに置き忘れてしまいそうになるモノたちが写っていました。いったいどんな「撮っておきの1冊」だったのでしょうか、早速教えてもらいましょう。
お話を伺った人
嵐田 大志さん
東京都在住。フォトグラファー。3児の父。フィルムライクな空気感を持つ現像を追求し、家族や身近な日常を残すことをライフワークとする。株式会社ニコンイメージングジャパンが運営するWEBマガジン「NICO STOP」への寄稿、『デジタルカメラマガジン』2019年10月号に自身のレタッチプリセット掲載など多方面で活躍。2020年春、写真編集に関する書籍を出版予定。
淡々とサビのない、でも大切なものに目を向けさせてくれる1冊。
フォトグラファーとして各方面で活躍されている嵐田さん。カメラ自体は10年ほど前から持っていたそうですが、きちんと写真と向き合って撮るようになったのは数年前のことだといいます。
「カメラを持ってはいたけれど、ここを押せば撮れるのねぐらいの時期が長くて、何かを考えて撮ったことがなかったんです。何年も。ちゃんと撮ろうと思い始めたのは、写真集をたくさん買うようになった5・6年ぐらい前のこと。カメラが撮っている状態から、自分が撮るようになったんです」
そう語る嵐田さんがインプット時代に出会った写真集のうちの1冊が、今回の「撮っておきの1冊」であるスティーブン・ショアの写真集『Uncommon Places』でした。
スティーブン・ショアはアメリカの写真家。カラーなんて軟弱なものだと言われていたモノクロ主流の時代にウィリアム・エグルストンらと共にカラー写真をアートの舞台に引き上げた人物の1人。『Uncommon Places』は彼が1973年から6年という歳月をかけて北アメリカを旅している最中に目にした「なんでもないもの」を大判カメラで撮影した写真をまとめた写真集。
「タイトルの“Uncommon Places”っていうのは“common”が普通のという意味なので、ちょっと変わった場所くらいの意味のタイトルなんですけど、収録されている写真はごく当たり前の風景やモノを撮っているっていう。皮肉が利いてる感じがあって、これがまたいい」
この写真集に登場するのは劇的なストーリーや、いわゆる“決定的瞬間”ではなく、日付と場所だけを添えて淡々と撮り続けた、目の前にあったモノたちばかり。
「この写真集は本当に何度も見返しているんですが、多分今の時代のSNS向きみたいなところはないんでしょうね」
そう言ってページをめくり、1枚の写真を指差す嵐田さん。そこに写っていたのは、黄色い机の上に置かれた食べかけのハンバーガー、ポテト、ドリンク。
「これなんか、すごく好きなんですよね。マクドナルドでこれを食べましたよ、みたいなだけの写真。決して映える感じではないし、彼の琴線のどこに触れたのかは想像するしかないけど、自分の場合は黄色のカラーと構図が生むリズムが好きで、このまま額に入れて飾りたいくらい」
写真集をたくさん見ていると、その中で自分の琴線に触れるものが出てくると語る嵐田さん。その琴線も人によって様々で、もっと刺激的な写真が好きな人にとっては『Uncommon Places』は合わないかもしれないとも。
「音楽でいうとサビがあるような楽曲ではないというか。ずーっと一本調子で、淡々とリズムを刻んでいるような、ジャズみたいな感じ。いわゆるSNSで映える、サビが何回かあって、大サビがドンっと1回はあるような写真を求めている人にとってはすごく退屈な1冊かもしれないので、万人には勧められない感じではありますよね。刺さる人には刺さる、サビのない写真集と言ったところです笑」
アウトプットよりはインプットが自身の写真の糧になるタイプだという嵐田さん。本屋さんの写真集コーナーに足を運ぶのが好きだといいます。
「森山大道みたいな有名どころや、最近の若手でいえば奥山由之さんみたいな人も含めて、とにかくインプットするのが好きなんです。自分は、写真集は観るというよりは、読むという感じですね。最近は濱田英明さんの『DISTANT DRUMS』をすごく楽しんで読んでいます」
写真が上達するためには写真集などでたくさんの写真に触れろ云々という言説をよく耳にしますが、嵐田さんの場合はそういうところに主眼があるのではなく、純粋に写真集を「読む」ことを楽しんでいるのが、とても素敵だと思いました。なにせ収録された写真を眺めながら、ここに写っているものは今はどうなっているのだろうか、この人はどういう気持ちで撮ったんだろうかと想像しながらコーヒーを飲むと最高に良いんですよ、と子どものように無邪気な笑顔で語っていましたもの。
帰る場所の答え合わせをしてくれる1冊。
写真集を読むのが大好きな嵐田さんは、また独特な表現で写真の楽しみ方を教えてくれました。曰く「写真を鑑賞することの何が良いって、その人に憑依して、その人の視神経を使って目の前に現れたモノを見せてもらうことができる点ですよね。しかも古いものであればタイムトラベルもできて、最高だなあと思うわけです」
タイムトラベルというワードが登場しましたが、実は嵐田さんは幼い頃アメリカにお住まいだったそうです。
「アメリカに住んでいたというのは自分にとってすごく大きくて、写真にも残っているようなモノたちが、原風景として自分の中にもあるんですよね。日本のことをきちっと撮った土門拳のような人もすごく好きだし、一方で古き良きアメリカの姿というのも、目にしてきたものとして余計に惹かれるんだと思います」
嵐田さんにとっては『Uncommon Places』の中に広がっているアメリカは、幼い頃に見た風景そのものなのかもしれませんね。
普遍的な部分と、撮った当時にしか見ることのできなかった風景とを内包しているのが写真の醍醐味だと語る嵐田さんですが、どちらかというと移ろいゆくモノの方により注視されているように思えます。そう問いかけてみると、お返事は明確でした。
「この写真集に写っている人たちは、今はもう亡くなっているかもしれないなあ、なんて想像するんです。そう考えると自分の写真の原点はここにあるような気がして。当たり前に木や空、人が存在し続けるという前提で物事を見ちゃダメだなあと思うんです。全てが移り変わっていて、そういうところを切り取る営みにこそ、写真撮影の1番の価値があるんじゃないかと」
「永遠なんて無い」頭では分かっていても、ついつい頭の片隅に置き去りにしがちな真理と向き合うためのツールとして人間は写真を生み出したのかもしれないな、と嵐田さんの言葉に耳を傾けながらそんなことを思いました。
『Uncommon Places』の作者、スティーブン・ショアは存命で、現役の写真家。時代が変わり、機材が変わっても写真を撮り続けるスティーブン・ショアの姿に嵐田さんは惹かれているようです。
「70年代に写真を撮っていた人が今、iPhoneを使ってインスタグラムやってるんですよ。すげえファンキーだなって思います。自分もそういう風に、爺さんになってもやめたくないですね」
この写真集と出会う前から、ありのままを写すというスタイルは変わらなかったという嵐田さんですが、出会ってからはそれまでよりもありのままを写すというのはこういうことだったんだと答え合わせができたのだといいます。ここまでお話いただいたこと全てを踏まえたうえで、最後にスティーブン・ショアと、『Uncommon Places』と出会っていなかったら嵐田さんは今とどんなところが違っていただろうかと尋ねてみました。
「自分が今見ているものを大切に思う、ということがなかったかもしれません。たまに自分もやってしまうんですけど、スマホの画面についつい没頭しちゃったり、そうすると周りが色々変化していったり、四季の変化だったりを尊ぶという機会も逃してしまうんですよね。なんですけど、スマホから顔をあげてみるとそこに面白いものが広がっていたり、クサイですけど美しい空があったり、そういうものに気付くことができるんですよ。特に写真やってると光と陰にうるさくなったり笑 アンテナが広がるというか」
この時口からこぼれた言葉が、嵐田さんの撮る写真の全てを象徴していると、そう思いました。絶世の美男美女が写っているわけでもない、この世のものとは思えない絶景を撮っているわけではない。嵐田さんが撮るのはいつか僕たちが見ていた景色、両親が見せてくれた景色なのではないかと。誰もが見てきたものを掬い上げるその眼差しから生まれた写真は、どこまでも懐かしく見る者の胸を打ちます。
「スティーブン・ショアの残した写真を見ることによって、そうか40年前はこれがごくごく当たり前だったんだけど、後から見てみたらすごく素敵だった、残しておいてよかったと答え合わせができると思うんです。そういう意味でこの写真集と出会って、より自分の置かれた環境や、自分が写せるものに対する感謝とか、そういうものが強くなりました。そうじゃなかったらゴリゴリにインスタ映えとか狙ってたかもですね笑」
最後は冗談でしょうが、嵐田さんの写真だけでなく、全てとの向き合い方の一端を垣間見ることができたような気がしました。
誰かにとっての“Common Places”は、一人一人の眼差しというフィルターを通して見れば“Uncommon Places”になるのでしょう。
撮影を終えて
昨年のフォトウォークで偶然一緒に撮り歩くという機会に恵まれて以来、すっかり嵐田さんの人柄と写真のファンになってしまっていました。一体何にこんなに惹きつけられるのか知りたくて、思い切って今回取材依頼をしました。快諾していただいただけでも飛び上がるほど嬉しかったというのが正直なところです。取材当日はお仕事の合間のお昼休みを割いてお話をしてくださり、パスタまでご一緒させてもらって笑
大きな体に大きな心、そして時折覗く写真大好き少年のような表情。その全てが嵐田さんの写真を雄弁に物語っていました。
次は嵐田さんの季節、夏にフォトウォークご一緒したいなと思いました。
というわけで第34回目のホントレートはここまで。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。今後も素敵な人や本との出会いを期待して、バイバイ!
あなたと大好きな1冊の姿を写真に残しませんか?
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